コーディネイター 岩手大学 山本信次

最終日、全体会におけるパネルディスカションは「森づくりネットワーキングの可能性」をテーマとして行われた。パネルディスカッションに先立って島根・鳥取両県にまたがるネットワークの事例紹介として元島根大学の片桐成夫先生から山陰地方の森林管理の現状と市民参加の必要性について、「森林を守ろう!!山陰ネットワーク会議」島根代表の野田真幹氏よりこれまでのネットワーク活動の概要、最後に元山陰合同銀行森林保全担当の森下義雄氏から山陰ネットワーク会議の礎となった山陰合同銀行の取組みについて、それぞれ報告がなされ、全国に誇りうる山陰地方での取組みが、こうした市民のみにとどまらない多様な主体のネットワークに支えられて展開されていることが明らかにされた。

これを受けてパネルディスカッションの冒頭では愛媛大学の鶴見武道先生から愛媛県内におけるネットワーク構築の取組みが紹介され、行政との関係づくりの重要性やネットワークの維持・構築にかかる費用負担の問題などについて言及された。続いて「もりメイト倶楽部Hiroshima」の山本恵由美氏より、既存の活動同士のネットワーク化では無く、自らの活動内容の成熟化・分化による組織内部からのネットワーク化とそれに対応した地域や学校などのカウンターパートとの紐帯の形成についての紹介がなされた。最後に「樹恩ネットワーク」事務局長・「森づくりフォーラム」理事の鹿住貴之氏より間伐材割りばし製造を軸とした林業関係者・福祉関係団体・大学生協とのネットワークの形成や体験学習事業による受け入れ地域コミュニティとの関係の大切さについてなどが報告された。

以上の報告からも理解できるように、森林ボランティア活動の活発化が報告されて20年を経て、こうした市民による森づくり活動を一段ステップアップするための取組みとして、全国各地において多様な主体とのネットワークの形成が行われていることが明らかとなった。

ここで山陰地方におけるネットワーク形成の特徴について小括すれば、金融機関という市民による森林ボランティアとは異なる主体がネットワークの構築・維持に大きな役割を果たしたことが特徴としてあげられる。表面的には、市民団体に比して潤沢な活動資金力により実施されたマスコミを利用した広報などが目立つところではある。しかし、それよりもこうした社会的信用度の高い団体がネットワークに加わることで森林ボランティア活動そのものへの社会的信用度を向上させたことが見逃せない。また森林ボランティア団体間のネットワークの形成にあたっては事務局に徹し、森林ボランティア活動の下支えを真摯に行ってきたことにより、市民団体サイドの信用を勝ち得た姿勢が高く評価できよう。

さらに金融機関という本業を活かした貢献として、地元企業と関連の深さを活用して、地元企業の社会貢献活動と森づくりを結び付けることを可能にした点も特筆すべきことである。社員による森林ボランティア活動への参加にとどまらず、森林整備による二酸化炭素のオフセットクレジットであるJ-VER制度を取引先企業に仲介し、金融機関としての本領を発揮しながら森林・林業の問題解決に迫ろうとしている。こうした山陰合同銀行の取組みは全国的に波及し「日本の森を守る地方銀行有志の会」として地方金融機関同士のそれぞれの地元における地域貢献事業のネットワーク構築にもつながっている。以上のように全国に発信すべき質の高い活動が山陰では展開されていることが明らかとなった。

こうした山陰における取り組みをさらにステップアップするために、他地域からのパネリストが挙げ、ディスカッションの題材となった点について次にみておこう。

第一にネットワーク構築・維持に関わるコストの問題である。コストには金銭的・時間的・人的なものが含まれる。鶴見先生によれば、愛媛県においてネットワーク構築・維持のための交通費やそれに費やす時間などはかなり大きなものとなっており、この点で市民団体以外の行政などの他主体との連携や支援が重要とのことであった。鹿住氏からは、全国ネットワークとしての森づくりフォーラムの運営に関する困難さが報告され、こうしたコストを誰が、どのように負担していくかがネットワークの維持には重要であることが明らかとなった。山陰においては現状ではこうした点を山陰合同銀行が担っているわけであり現状では大きな問題とはなっていないとされた。しかし同時に、現在の状況が無限に続くことがありえない以上、何らかの自立的運営に向けた課題が明らかとなったといえるだろう。

鹿住、森下、野田

第二に山本恵由美氏からネットワークのマイナス点、すなわち一歩間違うと過度の同調圧力をうみ、個々の団体・主体の自主的な動きを阻害することにもなりうる点が指摘された。ネットワークの強みと弱みは表裏一体のものであり、いかに緩やかさを保ち続けるか、主体同士が寛容な態度を保てるよう努力し続けることが重要との指摘がなされた。この他にも利点や課題が話し合われたが基本的に多様な主体のネットワークの重要性が確認されたものといえるだろう。

森林ボランティアは、都市住民の有志の活動に端を発し、カウンターパートとしての農山村住民・地域コミュニティとの関係性を構築することで活動を継続・発展させ、さらには行政や企業など他の社会セクターとも協働関係を結ぶことに成功しつつある。活動の目的も森林管理に留まらず地産地消・流域保全・農山村地域住民の生活を取り巻くすべての地域共用資源へと目を向けるなど総合化しつつある。

こうした多様な主体の協働に基づく問題解決を「ガバナンス」と言い習わすことが増えてきている。政府・行政による上からの「統治」に対して、多様な主体の協働に基づく自治すなわち「協治」とも翻訳される現代的な「ガバナンス」とは「人間の作る社会的集団における進路の決定、秩序の維持、異なる意見や利害対立の調整の仕組みおよびプロセス」とされる。なかでも環境問題に関わる「環境ガバナンス」とは、京都大学の松下和夫によれば「上(政府)からの統治と下(市民社会)からの自治を統合し、持続可能な社会の構築に向け、関係する主体がその多様性と多元性を生かしながら積極的に関与し、問題を解決するプロセス」とされている。

1980年代までの自然保護に関わる「反対・抵抗・告発型」運動の拡大要因は森林・林業に関わる問題や情報が十分に公開されず、何らかの対応策がとられるに際しても「専門家集団」(国や都道府県の林野行政・林業研究機関・森林組合・林業関係者)のみの中で意思決定がなされ、そこでの合意形成から一般市民が排除されてきたことにある。北海道大学の宮内泰介は、こうした状況の解消には「閉ざされた合意形成の仕組み」を開く事により「市民社会」の意志を反映させる仕組みを作る事、「有志」としての市民の自主性を重んじること、さらには森林保全に関わる諸アクター間相互の信頼関係を醸成し、協働の取り組みを促進する事が必要とのべており、森林ボランティア活動者を含む多様な主体間のネットワーク化が進んでいる現状は、森林保全に向けたガバンスの構築が進みつつあることを示しているものといえるだろう。

今回の島根におけるパネルディスカッションから見えてきた多様な主体のネットワークの形成を一歩推し進めて、多様な主体の協働に基づく森林環境ガバンスの構築が進むことを期待したい。