飯南町では森林の活用と町おこしを目指して、早くから森林セラピーにとりくんできましたが、それに対してこの度、内閣総理大臣賞を受賞しました。私達は今回のコーディネーターであり(株)フロンティアあかぎの職員で森林セラピストとしても活躍中の芥川さんに、森林セラピー基地・飯南町の「ふるさとの森」で行う一泊二日の森林セラピーのプログラムを作っていただき、実際に体験しました。

赤名湿地性植物群落

初日は飯南町の赤名湿地へ向かいました。飯南町は広島県との県境の町です。標高も高く、松江と比べて3〜4度の気温の差を訪れるたびに感じていましたが、赤名湿地に降り立ったときはいつも以上の気温差を感じました。赤名湿地性植物群落は島根県内に6カ所ある、県の自然環境保全地域の一つです。ちなみに、ここ飯南町にはその中のもう一つ女亀山もあり、この町の自然の豊かさがうかがええます。

案内していただいたセラピーガイドの安原征治さんによると、「湿地は植物にとって栄養が少ない厳しい環境で、それに耐えられる特別な植物が生育していて、温暖化や水質汚濁など環境の変化に弱い。ここはトキソウやカキラン、サギソウなど美しい花が咲くランの仲間と氷河時代の残留植物といわれるミツガシワや食虫植物もあり、県下最大のハンノキ林とそのような湿地性植物が特徴である。また、日本産トンボの中で最も小さく幻のトンボともいわれるハッチョウトンボもいる」とのことです。 途中、ツリガネニンジンという薄紫の花をつけた植物はトトキといっていた。ヨメナも花をつけていたが、昔はどちらも山菜として利用していた事、スゲはムシロにカンスゲはミノに、さらにササは冬の牛の青野菜がわりとして藁と混ぜて与えていた事などの話を聞きながら散策を楽しみました。

安原さんの解説は昔の人の暮らしは森林やそこに生きる植物や動物などあらゆるものがかかわり合って成り立っていたことを教えてくれます。ほんの少し前まで、人は自然の恵みに依存して生きていました。そして、人との関わりで守られてきた自然もあったが、今はその文化や歴史があまり知られていないしその実感もない。自然と人間の関わりやその大切さを伝えていく事の必要性を改めて感じました。

赤穴八幡宮

次に、飯南町の赤名にある赤穴八幡宮に向かいました。境内でまず目に入るのは、樹齢約400年といわれる銀杏の古木の枝が、地上約10mともう少し上の2カ所で隣の杉の幹を貫いている連理の木です。異種の連理はたいへん珍しいうえに、杉を貫いた銀杏の枝は一段と大きな実を付けるということでした。

飯南町は旧赤来町と頓原町が合併してできた町です。昔は山陰から山陽への宿場町であり、世界遺産の石見銀山で作られた銀もここを通っていったといいます。この地域は平安時代から開かれた所で、地名の赤名の由来は戦国時代尼子の配下の赤穴氏がこの地を治めていた事からきたそうです。「ふるさとの森」の成立ちも石見銀山の銀の運搬との関わりがあり、森林セラピーに訪れる方達もここへ案内されるとのことでした。そうしたその地域独特の歴史や文化にふれる事も一つの楽しみです。 この日は、この後宿舎の「琴引ビレッジ山荘」にて交流会です。これまで積極的に森林セラピーを推進してこられた山碕飯南町長も参加されて大いに盛り上がりました。

森林セラピー体験

二日目はいよいよ森林セラピー体験です。

森の香り、さわやかな風、小川のせせらぎの音、木々の彩り、小鳥のさえずり、そして木漏れ日、等々これらを五感で感じながら森の中を歩く。よく知られている「森林浴」はそんなイメージでしょうか。森林セラピーはそんな森林環境を利用して心身ともにリラックスする事で副交感神経が活性化し、免疫力を高め結果的に病気になりにくい体になるというものです。つまり、科学的に裏付けられた森林浴効果のことであり、森林環境を利用して心身の健康維持・増進、病気の予防を目指すものです。さらに、森林セラピー基地は地域の活性化と森林の再生を大きな目標としており、さらに病気になりにくい体を作ることは、医療費の削減にもつながる事が期待されています。森林セラピーは個人がそれぞれ勝手に歩くのではなく、セラピーガイドの案内で歩きます。そして、このガイドの存在が重要です。そのセラピーロードの持つ特色を知り、自然を感じる手法を理解しているガイドの案内で歩けばいっそうの効果が期待できます。

私達が体験した森林セラピーの流れを紹介しましょう。最初にインテークルームで血圧や脈拍を計測しストレスや血液循環などの度合いを数値化します。次にPOMS(Profile of Mood States;感情プロフィール検査 アメリカで開発された臨床用の質問紙で、気分状態を「緊張-不安」「抑うつ-落ち込み」「活気」「疲労」「混乱」の6つの気分尺度に分けて評価することができる。)という気分状態を評価するための質問用紙に記入します。これらの数値で現在の緊張感などの精神状態を確認しておきます。 それらが終わるとセラピーガイドを紹介されていよいよ散策が始まります。ガイドによっていろいろなパターンがありますが、途中ストレッチ、呼吸法、座観、ティータイムなどをしながら森の中をゆっくり歩きます。ここでは普段の生活ではあまり使わなくなった五感で森を感じる事が大切です。そのための手助けをするのが、セラピーガイドの役目です。

散策終了後は開始前に行った脈拍や血圧の測定や、POMSに再度記入して比較します。ただ、数値にとらわれすぎないように注意が必要です。身近にある公園の気に入った場所で呼吸法をやってみるとか、気に入った樹木を自分の木として時々会いにいく、などこの体験を普段の生活に生かしていく事が健康維持につながります。 昼食はふるさとの森のホテル「もりのす」のシェフによる、マクロビオティックランチをいただきました。マクロビオティックとは「玄米・野菜・豆・海藻・を基本とした、伝統的な日本の食事です。動物性食品(肉・魚・卵・乳製品)はつかいませんが、ココロとカラダがホッとする。そんなお料理です。」と解説にありました。野菜などだけでできているとは思えない食感や歯ごたえ、そして、ボリューム感もあり、とても美味しくいただきました。デザートは聞かなければ、それが豆腐でできているとわからないほどなめらかな口当たりと味でした。

最後に、二種類のサシェを作りました。植物の力を借りる健康法に使われるハーブの香りは、心を落ち着かせたり、元気をくれるなどいろいろな効能を持っていて、古代エジプト時代にも使われた記録があるそうです。

森林は様々な恵みを私達に与えてくれます。今回のフォーラムの趣旨でもある、『森林や木と人とのつながりを見つめ直す』ためにも、森とともに生きてきた歴史をふり返り、もう一度、森と人との関わりを取り戻すことが必要ではないでしょうか。森林セラピーのように森を利用し生かす工夫が広がれば森林が市民にもっと近いものになるでしょう。森林を活用する事は、その森を良くする事につながります。しかし、癒しをもらうためにはどんな森でも良い訳ではありません。ある研究者の調査では、日本人は原生的な森よりも人の手のはいった人工林の方に好感を持つらしいのです。 適度の運動が健康に良いとすれば、いま日本全国で問題になっている、手入れ不足の森に入り、間伐や枝打ちなどで汗を流し明るく健康的な森にする事で、自身も健康になれれば一石二鳥、いや、それ以上ではないでしょうか。さあ、みんなで森に入りましょう。